ロラン・バルトの書いた「恋愛のディスクール・断章」と「テクストの快楽」がトイレの一部と化している我が家。
文章から想像していた通りの渋い声です。
何を言っているかはさっぱりわかりませんが。
Jules Michelet(ジュール・ミシュレ)- 19世紀フランスの歴史家。
その歴史記述の手法は、過去を生き生きと再現し、つまびらかに描写することにあった。
また、国家・政府や人物を、倫理の象徴のように思わせるところにも特徴があった(その点に、ロラン・バルトは着目する)。
Wikipediaより
その歴史記述の手法は、過去を生き生きと再現し、つまびらかに描写することにあった。
また、国家・政府や人物を、倫理の象徴のように思わせるところにも特徴があった(その点に、ロラン・バルトは着目する)。
映画史に輝く巨匠監督たちが10分間という定められた時間の中で競作した短編集。
『RED』『GREEN』の両作品を収録し、アキ・カウリスマキやベルナルド・ベルトルッチといった錚々たる顔ぶれの並ぶ15人の巨匠たちによる全15編の映像世界が展開する。
すでに見たものでなく、
すでに繰り返されたことでなく、
新しく発見すること、
前に向かっていること、
自由で心躍ること。
私はタフでハードな面がありますけど、一面ピアノ線のように感じやすいですからね。
感じやすくなければ小説を書く理屈も出てこないです。
ひとつきりということは人間の意識の中ではありえないですね。
どんだけ純粋を求めても必ず別のものが入ってくる。
それが入ってくることで強くなり、豊かになれるのではないですか。
「ここ以外のところならどこへでも行きたい」
危機と遊び
男が熱中出来るのはこの二つ。
Stay hungry, stay foolish.
リルケが書いていますが、現代人というものはドラマチックな死ができなくなってしまった。
病室の一室で、一つの細胞の中のはちが死ぬように死んでいく。
自分のためだけに生きて、自分のためだけに死ぬほど人間は強くないです。
お説教や論ずるということは小説においてあまり必要ないと思う。
いわゆる人生の教訓を書くなんてことは論文やエッセイに任せればいい。
小説というのはそれ以前の、意味にまだ到達しないある実態を提供する、そこで読者はそれを体験する、というもんじゃないかと思う。
ぼくのもなぜか教科書に出てるんですよ。
見ていったら「大意を述べよ」と書いてある。
あれぼくだって答えられませんね。
ひと言で大意が述べられるくらいなら書かないですよ。