銃声が止んだ……虫が鳴く、猿が叫ぶ、黄昏のヴェトナムの森。
その叫喚のなかで人はひっそり死んでゆく。
誰も殺せず、誰も救えず、誰のためでもない、空と土の間を漂うしかない焦燥のリズムが亜熱帯アジアの匂いと響きと色のなかに漂う。
孤独・不安・徒労・死――ヴェトナムの戦いを肌で感じた著者が、生の異相を果敢に凝視し、戦争の絶望とみにくさをえぐり出した書下ろし長編。

著者自身が実際に南ベトナム政府軍に従軍した体験をもとに描かれた小説。
この後を描いた作品が「夏の闇」。
暑さ、湿気、におい、音・・・当時のベトナムの空気が濃密な文章で伝わってきます。
においを感じた作品は私自身これが初めてでした。
以下、本文より引用。
誰かの味方をするには誰かを殺す覚悟をしなければならない。
何と後方の人びとは軽快に痛憤して教義や同情の言葉をいじることか。
残忍の光景ばかりが私の眼に入る。
それを残忍と感ずるのは私が当事者でないからだ。
当事者なら乗りこえられよう。
私は殺しもせず、殺されもしない。
徹底的に正真正銘のものに向けて私は体をたてたい。
私は自身に形をあたえたい。
私はたたかわない。殺さない。助けない。耕さない。運ばない。
扇動しない。策略をたてない。誰の味方もしない。
ただ見るだけだ。
わなわなふるえ、目を輝かせ、犬のように死ぬ。